誤解を恐れずに書くとすれば、「毒舌」という言葉が随分安くなったなあ、と思う。理由はよく分からないが、いつごろからか、単に口汚いだけのテキストを指して「毒舌」という言葉が割り振られる傾向が強くなってきた、気がする。単に暴言を書き連ねているだけの文言に「毒を吐く」というラベルが貼られている現場をよく見かける様になった、気がする。
違うだろう、と。それは「毒舌」という言葉に失礼だろう、と、私は思う。利用価値の無い毒など存在しないのだ。毒舌が毒舌である為には、そこに薬になる成分が含まれていないといけない。毒舌なんてラベルを、そんなにお気楽に使っちゃいけないのだ。
お気楽に用いられた「毒舌」ラベルは、単なる暴言をごくありふれたレベルの文言として免罪し、次から次へと「ただ汚い」言葉を量産していく。それこそ伝染病の様に。
口汚さが説得力を高めるなんてことは絶対にない、と私は思っている。むしろ、口汚いテキストというのは、ただそれだけで重大なハンデを抱えている、と私は思っている。「口汚い」というポジションは、あまりに明確過ぎるから。そこに客観性を乗せるのは至難の業だから。
—ただ口汚いだけのテキストを、「毒舌」というラベルで救済するのはそろそろやめにしようよ: 不倒城 (via ataru-mix)
これはまえから割と思っててよくプロフで毒舌ですなんて書いてあるひとって大体は文句とか悪口ばっかりで、それは暴言というのだよと常々思っていた。上のクオートには薬って書いてあるけどあたしは愛だと思ってる。毒舌の根底には愛があると、思っている。そうじゃなきゃただの文句だろと。
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(Source: sensuwal, via hal023)
師を見るな。師が見ているものを見よ。
— 内田 樹 (via mirokubosatsu) (via cipher) (via maako) (via dannnao) (via kml) (via gkojax, kutsunomiya)
2009-08-26 (via gkojay) (via udonchan) (via inu) (via hustler4life) (via kaz4g) (via usaginobike) (via tra249) (via motomocomo) (via onehalf) (via shortcutss) (via hiroakis) (via appbank)
<V:20代はバラエティ>
20代で大事なことは、とにかく多彩な経験を積むこと。自分が何に向いているか、やってみないとわからない。あまり頑なに「自分はこれが向いているはず」と思い込み、それ以外のコトは見ない、触れない、みたいな生活をしないこと。
この時期にあれこれやってみるのは、決してリスクなんかじゃない。多彩な世界に触れること、バラエティを保つこと、視野を広め、見えている世界をできるだけ広げておくこと、そして大いに迷うこと、20代ではそれが大事、という話。
<S:30代はスペシャリティ>
30代は、20代で経験したいろんなことの中から「オレはコレで行く!」という分野を見定め、その分野に集中して専門性を高め、「この分野ならあいつ」と言われるよう知識、スキルを築いていくべき時期。この時期に自分の「コア」を作る、「何の専門家なのか」を明確にする。それが大事、という話。
反対にいえば、この時期にまだ「あれにしようか、それともこっちに行こうか。オレは何をすべきなんだ?」とか言ってたらダメですよ、という話。30代になったら迷わない。そのためにも20代でやりたいことをすべてやって、ちゃんと迷って、ちゃんと決めておかなくちゃいけない。集中と深掘りの30代。
<O:40代はオリジナリティ>
40代になったら、専門性だけでは勝負できません。日々、新しい技術やトレンドが生まれ、それらにたいして、より高い専門性や感度をもつ30代が現れる。
この年代で発揮すべきは、マニュアル化できない「自分らしさ」。「これはあの人の作品だよね」「あの人の仕事はユニークだよね」「そんな考え、普通はでてこないよね!」と言ってもらえる仕事をしないとダメ。
他の人が担当していたら違うものになったはず、自分が担当したからこそ、こうなった、といえる「オリジナルな何か」が必要。そうじゃないと市場から求められない。「学んだ何か」ではなく、「自分が生み出した何か」で勝負する。それが40代。
<P:50代はパーソナリティ>
そして50代になれば、パーソナリティがすべて。専門性なんて若い世代にかなうわけがない。オリジナリティだって、どんどん出すのが難しくなる。この段階にきたら「あの人と仕事がしたい」と思ってもらえるかどうか、人格とキャラが切り札になる。
だからこの年代までに、そういうものをしっかり身につけておく必要がある。「あの人がいるからあの会社で働いてみたい」と思わせないと、経営者として人も雇えない。「ぶっちゃけ内容はよくわかってないんだけど、あの人がリーダーなんだったら内容に関わらずやってみたい」と思ってもらえるかどうか、最後は人間勝負、という話。
— キャリアのVSOP - Chikirinの日記 (via homh)(via bykooichi)
最初からそんなスキルがある人はいません。早い人でも2−3年、普通な人では5年くらいはかかると思います。だから、それらを教え、共に学ぼうとする文化がチームに必要と考えています。また、比率的にも1人の熟練者に5人の弟子とか無理ゲーですから、4人の熟練者に2人の弟子くらいの割合でなければいけない。勿論、弟子がリソースとして1人とカウントされるのもまずいです。
つまり、そこそこ技術のある組織で、チームで育てる余裕があるのは必要な条件なんかと。そんなチームでやるならば、TDDを始めるのに前提条件なんて何もないと思う。逆にどれもできていないチームでやるならばTDDどころかソフトウェア開発をやめた方がいいと思う。
— TDDをはじめる条件 #tddbc #tddconf - やさしいデスマーチ (via mcsgsym)(via stolbism)
561 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 10:22:20 ID:W0F77/od
負け犬からの脱却 十ヶ条
一、自分だけは自分の潜在能力を信じてあげろ。
一、自分の予測する、自分の限界という壁を越える経験をしろ。
一、自分を正当化して「出来ない」というな。 (経済的、時間的、人的等の要因を「出来ない」理由にするな)
一、金よりも大切な目的を持て。 (金は手段であって、目的ではないはずだ)
一、常識を身につけ、常識を疑え。 (常識は思考能力のない人の道具である場合が多い)
一、信念を持て、そして信念に照らし合わせて行動しろ。 (信念がないと目先の利益に捕らわれてしまう)
一、ずるい技法を学べ、しかし利用するな。 (技法を知っていればだまされずにすむことが多い)
一、行動に迷ったときは、自分にとって苦しいと予測するほうを選択しろ。
一、カッコ良く生きろ。 (但し、土下座することやボロを着ることもカッコ良い場合がある)
一、親を大切にしろ (親とは今の自分が存在する要因となった人のことをいう)
ちなみに、ソフトオンデマンドの社是です。
http://softondemand.jp/corporate/sod_assumption.html
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負け犬からの脱却 十ヶ条:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd
2010-03-23
(via atm09td, atm09td) (via 108ri, 108ri) (via poeticevil, poeticevil) (via ibi-s, ibi-s) (via spankinggogo, spankinggogo)
ミニブログ(Twitter, Google+等)、ブログ、
SNS(Mixi, GREE, Mobage, Facebook等)の利用における注意
SNSは、プライベートな場ではない。
SNSは、他人を非難する場ではない。
SNSは、自分の行いを懺悔する場ではない。
SNSでの発言は、取り消せないものと考えよう。
SNS上の情報は、いずれ流出するものと考えよう。
SNSでの発言の匿名性は、いずれ破られるものと考えよう。
SNSの利用者には、善人のふりをした悪人もいることを忘れない。
SNSでの不用意な発言は、激しい批判にさらされることもあることを覚悟しよう。
東工大のガイドライン。簡にして要を得ている。
(via ataru-mix)
ソーシャルメディアに積極的な企業は「ソーシャルメディア・ポリシー」を設けて(かつ公開して)運用しているが(『ソーシャルシフト』に具体的な事例が載ってるので参考にどうぞ)、私は個人にも「ソーシャルメディア・ポリシー」は必要だと思う。ただ企業のそれとは異なるものになる筈なので、どういった内容が適切か考え中。だれかオラに知恵を分けてくれ!
(via hexe)
(via kotoripiyopiyo)
性格的特徴の第二は、他人の弱点を許せないで、協調性がないということです。たとえば、毎朝、早く会社に来て、イヤイヤそうじをしているサラリーマンは、会社に遅れてくる新入社員を許しません。しかし、もし、その早く来ているサラリーマンが、掃除が好きで早くから会社に来ているなら、遅れてくる新入社員を許すでしょう。
日常生活の中で「がまんしなさい」と親から教育されている子供は、他の人ががまんしない時、それが許せません。「なんで自分だけががまんしなければならないんだ!」と、がまんしない人が許せません。自分が嫌なことに耐(た)えさせられたのに、他の子供がそれをしないということが許せないのです。礼儀正しくしたくないのに礼儀正しくした人は、礼儀正しくない人を許しません。
小さい頃、家の手伝いをしたくないのに、心理的に力ずくで、たとえば「それをしないと見捨てるぞ」という脅(おど)しなどで、家の手伝いをさせられた子供は、自分が親になった時、今度は家の手伝いをしない子供を許しません。多くの日本の親は五歳児の大人です。日本の親は、がまんばかりしている人が多い。だからわがままな子供を許しません。子供にやさしくなれません。
—
これだ……。
(via sesuna)
(via kotoripiyopiyo)
あなたは他人の視線が、たえず気になる方のようですね。自分がどう見られているか、無関心でいられない。いい人に思われたい、と願っている。
だから、人の挙動が、いちいち意味ありげに見えてしまう。早い話、あなたがそういう気持ちで人を見るから、相手が警戒するのではないでしょうか。
あなたは人付き合いが下手、とおっしゃいますが、上手下手に分けて考えるから、悩むのです。何事も評価にとらわれてしまうのです。好きだ嫌いだと、感情を二元化すると、相手もそういう見方で自分に接している、と思えてくるものです。人間の付き合いは、あくまでこちらの心の持ちようです。
あなたが経験なさったように、あまり相手の領域に踏み込むと、双方が傷つく羽目になる。つかず離れず。これが付き合いのコツです。
人の表情の意味を、むやみに探ろうとしない。あなたが当たり前に話しかけたり接したりすれば、友人もきっと当たり前に応じてくれるはずです。
(出久根 達郎・作 家)
(2012年4月16日 読売新聞)
(via stolbism)
(via 4mat)